vol.『お金』に偏った価値観への反抗
contents
01 Z世代の新・起業論とは?
02 Nurse&Craftのこと
03 代表 深澤裕之さんのご紹介
04,05 Nurse&Craft 深澤裕之さんの新・起業論
06 深澤さんのバイブル
01 Z世代 新・起業論
「価値観」とは最近よく見聞きする言葉です。近年多発する災害やコロナ渦の状況下では、今まで信じていた価値観が揺らぐという話も耳にします。しかしそもそも「価値観」とは何でしょうか?それは、様々な場面で得た知識や経験により培われる、ものの見方や考え方のことです。
これまでの経験だけでは正しい判断ができないほど、今の時流は変化しています。企業のあり方も、自社の利益を重視する経営から、地域を巻き込みながら持続可能な事業を展開する経営にシフトしつつあります。この企画では、それぞれの場所で“ 本当の豊かさとは何か” を問いながら新事業に挑戦する方を取材します。この時代において、Z世代に向けた創業のヒントや価値観をアップデートするきっかけを提示していきます。
02 Nurse&Craft のこと
広島県呉市にあるとびしま街道の4 つ目の島・大崎下島。深澤さんはこの島で2019 年に訪問看護事業を展開する「Nurse &Craft 合同会社」を設立、現在5名のスタッフが所属しています。
主な事業はまちぐるみの介護部門の訪問看護事業で、そのほかに地産地消のテクノロジー開発を進めるクラフト部門、課題をテクノロジーで解決するビジネス開発部門、医療介護人材の流動性を高めることを目的とするツーリズム部門があります。まちぐるみの介護部門では、家族や介護保険に極力頼らず住民同士の互助と看護師などの専門家によって見守られる新しい暮らし方を提案し、そこではリノベーションした空き家の管理者として、スタッフを島内に点在させることで、日常の交流から住民の健康を見守るしくみがあります。
またクラフト部門では、3Dプリンターなどを活用してユーザーの身体状況や住環境にあった自助具も製作しています。大崎下島などの島しょ部ではこれまで、ニーズ不足などにより訪問看護事業の経営は成り立たないとされ、参入は困難と目されていました。しかしながらNurse & Craftでは一見まわり道に思える“顔の見えるコミュニティづくり”や訪問看護事業そのものの周知に取り組んだことで、わずか2期目で訪問看護事業単独での黒字化を達成しました。現在は3期目を迎え、「100年生きたら、おもしろかった」と誰もが言える世界の実現を目指しています。
03 代表 深澤裕之さんのご紹介
長野県出身。20代の頃父と共に家業の金属加工業を営んでいたが、父の病気がきっかけで介護業界へ。当時携わっていた介護現場や介護雑誌の制作を通して感じた疑問をもとに、新しい介護の形を提案するべく大崎上島で事業をスタートさせた。
04 島で事業をスタートした経緯と黒字化させているキーポイント
広島県大崎上島で訪問介護事業などを展開する「Nurse&Craft」は町ぐるみで介護を行う新しい暮らしの形を展開しています。ローカルと言われるこの地でどのように事業を起こし、展開しているのか、代表の深澤裕之さんにお話を伺いました。
井 ⼝さん
Nurse & Craftをこちらで創業されたきっかけはなんですか?
深 澤さん
当社の設立背景には「くらしを、自分たちの手に取り戻す」というミッションを掲げた、一般社団法人まめなの「まめなプロジェクト」の存在があります。代表理事のひとりである更科は、大崎下島の方との交流の中で、元来の願いである「介護のない世界」がここでなら実現できるのではないかと感じていたそうです。ただ本人は、身内の介護経験はあるものの介護事業には疎いため、一緒に事業化できる人を探していました。その頃ちょうど、雑誌の仕事から離れ、次の新しい事業を模索していた私が更科と出会うご縁があり、まめなプロジェクトに参加させていただきました。
井 ⼝さん
この島に来たときの印象はどんなものでしたか?
深 澤さん
当然ながら、都会とは違う時の流れがあり、島ならではの慣習や独特なルールなどが色濃く残っていました。
井 ⼝さん
そんな場所で“よそ者”である深澤さんたちの事業が黒字化したのは、何がキーポイントでしたか?
深 澤さん
地域の優先課題であった訪問看護事業から取り組んだことと、それを支える「顔の見えるコミュニティづくり」に注力したことだと考えます。創業当初から今まで、島内で出会った住民の方々との日常会話を大切にしています。ある日「そう言えば近所の〇〇さんが最近姿を見んのよね」という会話が気になったスタッフが、その方のご自宅に後日訪問しました。すると実はすでに訪問看護が必要な状態だったことがあります。スタッフの日々の地道な声かけが、私たちのサービスを島の人たちに知ってもらうきっかけとなっていますね。
≫訪問看護を通して見つけたコミュニティの本来の形
井 ⼝さん
訪問看護とはどんなものでしょうか?
深 澤さん
自宅での療養生活や介護生活を支えるサービスの一つです。看護師などの医療従事者が利用者さんのご自宅に定期的に訪問し、医療処置を含めたケアや生活援助を行なっています。
大崎下島では今のところ重度の要介護者は少ない傾向にあります。しかしそれは、もともと訪問看護事業がなかったことから在宅での介護に限界があり、在宅介護が難しければ、施設に入所したり遠方の家族の元へ引っ越すケースが多くあったからです。
この辺りの地域は、他人のお世話になりたくないと考える人が多くいます。本土と島を繋ぐ橋がなかった時代、生活に必要なものは自分たちの手でまかなってきたことから、自分のことは自分でやってきたという自負もあるのでしょう。「人に頼ることが恥ずかしい」とは誰もが抱く感情ですが、その心理的ハードルを溶かすのが大切です。
井 ⼝さん
そうすると困っているのに声を上げられない人もいますよね?
深 澤さん
はい。だからこそ顔の見えるコミュニティが重要です。知らない人には頼りたくなくても同じ住民として顔馴染みだったら、援助の手を受け入れてくれるかも知れないですしね。私はこれが本来のコミュニティの力だと考えます。
井 ⼝さん
地域の中にぐっと入り込んだときの反応はどうですか?
深 澤さん
正直に言うと、受け入れてもらうことに時間はかかりました。でも利用者さんの「助かった」とか「うちのお父さんを家で看取ることができてよかったよ」という声が、口コミで徐々に広がって信用を得られてきた手応えがあります。
≫地方から東京に出てもう一度地方に来たからこそ感じる価値観について
井 ⼝さん
以前は東京にお住まいでしたが、移住を経て何か新しく感じることはありますか?
深 澤さん
長野から仕事のために上京し、そしてまた大崎下島という地方に来て「現代の価値観がお金だけに偏りすぎている」と強く感じます。最近話題のFIREという生き方もまさにそういう価値観の現れですかね。人を年収で判断したり、お金がない自分はダメな人間だと思って自殺したり…これは日本が抱える問題です。しかし、この島はお金以外の価値がきちんとある。物々交換やギブアンドテイクという関係の中で暮らし、畑で立派な大根を作ることにも価値があるという場所なのです。幸福度が高い北欧では、しっかりとした地域コミュニティの中で幼少期から多様な価値観を学びます。彼らにとって森林浴と高級レストランの食事は同じ価値であり、お金がないから森林浴を選ぶわけではありません。私は、そのような感覚がこの島の中には残っていると感じます。
井 ⼝さん
そんな価値観を軸に、今後どんな世の中にしたいですか?
深 澤さん
このままではお金の心配をし続ける社会になるのではと危惧しています。今の若い人たちは過度に貯金しているように見えますが、老後を生きるためだけに今働くのはあまりにも虚しくないでしょうか。お金があっても家族や友人、地域コミュニティがなければ仕事をリタイヤした瞬間に待つのは孤独です。私はそんな世界にはなって欲しくない。ですからこの事業で、人々がお金の心配をすることなく老後を健康的に暮らし、自分の好きなことを楽しめる手助けをしていきたいと考えます。
05 Z世代に伝えたい ローカルで起業するポイント
井口さん
今回の企画は、Z世代と言われる今の若い世代に向けて起業のヒントになることを、先輩の話の中に見出すというものです。深澤さんが考える、ローカルで起業するポイントを教えてください。
深 澤さん
まず1つ目は【地域の困りごとを解決すること】です。その地域が抱えている課題を解決することで地域の方から信頼されるようになり、それがまたサービスの購入につながっていくのだと考えます。
2つ目は【問題が起きたら顔を突き合わせて話すこと】です。以前、島内で車を走らせているときに対向車の方と少し言い合いになりました。そのとき私はそこでのルールに従いましたが、私に非があるようなことを言われため、車を降りて相手の方と話し合いを持ちました。そのように、些細なことかもしれませんが、何か問題が起きた時はきちんと意見を伝えて話し合うことが大事です。
そして3つ目は【フェアでいること】です。これは起業のポイントとは関係ないですが、人に対する私自身の姿勢です。年齢や国籍、出身地に関係なく誰に対しても同じ態度でいる。理不尽だと思うことがあった時はちゃんと発言する。一回折れちゃうと何かあった時にずっと折れていくしかなくなるので。数が少ない若者の声はどうしても弱くなってしまいがちですから、戦うときは戦った方がいいのです。
井 ⼝さん
たしかにZ 世代と言われる人たちの一部は大人しい印象もあります。
深 澤さん
皆の前では大人しく自分の意見を述べないのは、正解を言わなければいけないという学校教育の影響ですかね。わからないことはわからないと言い、間違っていたとしても自分の意見を述べ、変に利口でいることをやめること。起業するのであれば、ある意味バカでいる方が得かも知れません。悩んだ結果、行動を起こさなければ社会は止まってしまうからです。
井 ⼝さん
それは深澤さんご自身が大切にしていることでもありますか?
深 澤さん
そうですね。私が個人として大事にしていることは、新しいことに興味を持つこと、すぐに実行すること、リスクを取ることです。リスクは努力でコントロールできるということをほとんどの人は知りません。コントロール次第で想定よりも得るものが膨れ上がることもあるんですよ。それと同時に、リスクを取るときには最低でもここまでなら耐えられる、という基準を持っておくとよいですね。
≫Z世代へメッセージ
井 ⼝さん
最後に、Z 世代の皆さんにこれから生きていく上でのアドバイスをお願いします。
深 澤さん
先ほど出てきた話も入ってきますが、まずは【リスクを取ることに怖気づかないこと】ですね。チャンスに見えても裏にリスクがあるとそれはチャンスではないと認識してしまう人が多くいます。多くの場合、チャンスとリスクは一緒にやってきます。チャンスだけがやってくることはないと考えた方が良いですね。
次に【搾取されていることに気づく】こと。例えば会社で「社内にITに詳しい人いないからちょっと対応して」と若い人に依頼されることがあるかもしれません。しかしそこに適切な報酬はあるかというと、おそらくほとんどの会社にはない。極論かもしれませんが、自分たちができないことをやらせているのに報酬を与えない、つまり搾取されているということです。自分の価値に意識を持つことは大事です。
最後は【ググっても出てこないことに時間を使う】ことです。一次情報を自分で持つということですね。それは何か新しい体験や研究、地域の課題を見つけることなどです。検索しても出てこない一次情報はとても価値が高く、それを多く持つことは自分の価値を高めることにつながり、やがてそれは資産になっていきます。
06 深澤さんのバイブル
「読み終った本は処分する」という深澤さんが、読み直したくて再購入した一冊。この本の中で競争戦略とは、他よりも良い=ベターなサービスを生み出すのではなく、違うもの=ディファレントを作ることと考えられている。そしてその本質は“何をやるか”ではなく“ 何をやらないか”を決めることだと。都市部で“やらない”という選択をして大崎下島を選んだことも、“介護サービスだけで稼がない”という選択をして顔の見えるコミュニティづくりを行うことも、深澤さんの戦略にはストーリーがある。最近改めて読みなおし、「昔読んだ本が意図せず役に立ち始めている」と感じたという。これから起業する人だけでなく、多くの人に読んでほしい一冊。
Z世代の新・起業論
発行 ひろしま創業サポートセンター
企画・編集 川本真督(株式会社BPL)
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